朝7時、玉華台烈士園の階段には、まだ夜の冷え込みが残っていた。記念碑の前では、永遠の炎が静かに燃え続けていた。朝のそよ風が炎を低く抑えていたが、決して消えることはなかった。 擦り切れた軍服を着た老人が炎の前に立っていた。その背筋は、古木のような松のようにまっすぐだった。彼は何も語らず、ただ長い間、黙ってそこに立っていた。少し離れたところでは、清掃員が落ち葉を掃いていた。地面を掃くほうきの音は、潮の満ち引きのように規則的だった。 記念公園が最も静まり返るこの時間帯、炎のかすかなパチパチという音と鳥のさえずりだけが、調和して響き渡っていた。この炎は2014年の「国民追悼の日」に灯されて以来、絶え間なく燃え続けてきた。雨の日も晴れの日も、ここには常にその炎が輝き続けている。.
記念館の扉が開くと、高い窓から斜めに差し込んだ光が、雲大英が獄中で書いた原稿に降り注いだ。ガラスケースに収められた便箋は黄ばみ、インクは淡い茶色に褪せていたが、筆跡は依然として鮮明だった。 「川や湖をさまよい、旧友を偲ぶ。旧友の生死は、千の秋にも及ぶことなり」という一節が、ページの隅に、まるで何気なく書き留めたかのように記されていたが、それは今や、人々の心を最も深く揺さぶる言葉となっている。 隣の展示ケースには、獄中の息子のために母親が丹念に縫い上げた一足の布靴が収められている。しかし、それが届いた時には、彼はすでにその場にはいなかった。その靴は静かにそこに置かれているが、どんな解説文よりも重みを感じさせる。.
記念公園の南門を出ると、玉華石文化エリアにはすでに露店が並んでいた。店主が水を入れた盆を持ち出し、そこに数個の石を沈めた。 乾ききった小石が水に触れた瞬間、それらは突然命を吹き込まれたかのように生き生きと輝き出した――波紋の中に瑪瑙のような赤い縞模様が渦巻き、半透明の部分は凍りついた朝露のようだった。「本物の玉華石を見るには、水の中で見なければなりませんよ」と彼女は言った。 「模様には層があるんです」。彼女は一つをすくい上げて私に手渡した。石は手のひらで重く感じられ、その冷たさが手のひらの線に沿って広がっていった。この石は、600万年前の長江の古代の礫層に由来し、流れる水と時の経過によって現在の形に磨かれたものだった。 石は沈黙を守っていたが、この土地のすべての秘密を秘めていた。.
正午頃、私たちはネンレンリ市場に立ち寄った。そこでは、燻製魚の屋台に7、8人が列を作っていた。 女将は油の中から黄金色に揚げられた魚の塊を取り出し、穴あきスプーンでさっと振って余分な油を切り、まだ熱いうちに隣にある濃い茶色のタレにどっぷりと浸した。 「ジュッ」という音とともに、熱々の魚は冷たい液体に触れると縮み、瞬く間に濃厚な風味を吸い込んだ。私は一切れ買って、道端に立ち止まって一口かじった。 皮はカリカリに焼けてパリッと割れたが、中の身は柔らかく滑らかで、甘じょっぱさが絶妙に調和し、五香粉の香りがほのかに残っていた。 私の隣では、野菜のパンケーキを売っている女性が、生地にチャイブと卵を詰め込んでいた。鉄板の上で油がジュージューと音を立てていた。ここの食べ物は、ここの人々と同じだ。見た目を気にすることもなければ、洗練さを追求することもない。それでも、一口食べるたびに、心温まる、熱々で、本場の味が口いっぱいに広がる。.
午後、私は「成光1865クリエイティブ産業パーク」へと足を踏み入れた。そこでは、古い工場建物の赤レンガの壁に、今も「1967」という文字がレンガに刻まれたまま残っていた。 金陵機械製造局の古い作業場の中では、とっくに錆びついた巨大な鋼鉄製の歯車が、まるで時間が止まったかのように佇み、午後のカフェの背景を彩っていた。 床から天井まで届く大きな窓の向こうでは、秦淮川の支流が穏やかに流れている。時折、遊覧船が水面を通り過ぎ、乗客たちがこちらに向かって手を振ると、コーヒーカップに映った水面の反射が砕け散り、また新たな形へと変化していく。 隣の工房では、デザイナーが牛革を紙やすりで磨いており、ハンマーが革を叩く鈍い音が響いている。機関銃から革製品に至るまで、この工場団地は過去160年の間に数え切れないほどの姿を変えてきたが、常に何かを生み出し続けてきたのだ――ただ、その「生み出すもの」の性質が変わったに過ぎない。.
夕暮れ時に華神湖に到着すると、湖の西側にある集合住宅の合間から太陽が沈みかけていた。 水面はオレンジがかった赤色の光に包まれ、数羽の水鳥が水面すれすれを滑るように飛び、その翼がまるで自分の水面に映った姿に触れそうだった。湖畔のベンチに座って、ジョギングをする人々が周回を重ねて通り過ぎていくのや、犬を連れた年配の男性が湖の端から端へとゆったりと散歩する様子を眺めていた。 華生大通りの両脇に並ぶ桜の花はとっくに散っていたが、今や青々とした葉を茂らせた木々は、沈みゆく夕陽に照らされて穏やかな黄金がかった緑色を帯びていた。玄武湖ほど賑やかではないが、そこには静かで日常的な雰囲気が漂っており、これこそが人生のあるべき姿なのだと感じさせる。.
